ヴィブラフォン2台だけで紡ぎ出される、幻想的で心地よいサウンド。2つの音の波は互いにぶつ
かり合うことなくどこまでも広がっていく。2つの演奏者は叩きすぎず、まるで相手の動きが読める
かの如く、つかず離れず、重なりそうでいて微妙に重ならず、奇跡のように美しい響きを増幅させて
いく…。それもそのはず、2台のヴィブラフォンを演奏しているのは同一人物。絵里の『ライムライ
ト』は絵里+絵里による、斬新な発想のデビュー作だ。
「他の楽器が入っていない分、サウンドもシンプルで、濁ったりぶつかったりした部分がすごく表に
出やすいから、特にその点には注意しました。試行錯誤を重ねて、やっと出来上がった作品です。」
と語る絵里は、鹿児島市生まれの種子島育ち。15歳でマリンバを始め、国立音大時代にヴィブラフォ
ンと出会い、その音色に魅せられたのだとか。
それにしてもデビュー作から何と志の高いことを。やはり、あのXUXU(しゅしゅ)を抱える
“3361*BLACK”だけのことはある。今回も絵里の一人二役というコンセプト上、1回のオーバー
ダビングは行っているが、それ以外は一切編集なしの一発録り。先ずヴィブラフォンAのパートを録
音し、その録音にあわせてBのパートを奏でるところをレコーディングしたものだ。
「レーベルのポリシィとして、“人間”を感じることのできる作品にこだわっているから、敢えて2
つのパートを別々に録ってミックスダウンしたりはしなかった。それにデュオの相手が自分だからこ
そ、お互いに凄く分かり合える。意識しなくてもちゃんと、攻めるところは攻めて、逃げるところは
逃げてくれる(笑)。」
取りあげた曲のほとんどはタイトル曲に代表されるようなスタンダードばかり。その豊かなアレンジ
にも驚かされる。
「メロディとその伴奏っていうパターンは避けたかったんです。変な言い方ですけど、できるだけ2
つのメロディーが交差するようにしたかった。どれも口ずさめるような素朴な楽曲だからこそ、手を
加える余地がある。その点では、一曲目の「グリーン・スリーブス」にしても「ジャンゴ」にしても
「メイドゥン・ボイッジ」にしても、ヒネリがいのある楽曲ばかりでしたね。」
また、演奏の中の微妙な“間(ま)”が音域の狭いヴィブラフォンの音世界を豊かにしており、心
をつかまれる。
「黙りたい瞬間ってあるから、そういうのも怖がらずに入れていこうって…」
打楽器的なボコボコしたイメージを持つ人は、グリーグ「朝」を聴いてその“まったり”感に驚か
れるかもしれない。ただ、さすがにライヴだけは今のところは全く考えてないとのこと。プロデュー
サーの伊藤氏も「生で聴く絵里の魅力はまた別のかたちで出したい」と語っていた。
ジャズの中でも印象的な役割を担っているヴィブラフォン。いわゆる名盤のどの演奏が好きか聞い
てみると…
「ビブラフォンに限って音楽を聴くことはあまりないかもしれません。それより他の楽器であって
も、聴いていていいなと感じたら、自分のヴィブラフォンの表現にどう反映していけるかなって考え
ていることが多いです。」
とにかくこの“ゆらぎ”感は本物。これからの季節、部屋でくつろいでゆっくり聴きたいアルバム
だ。 (2004年10月15日
新宿にて)
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