「イッツ・ジャズ」レーベル

 

----- スイングジャーナル2003年8月号より---------------

 

本当に心からの悲しみを表現できる人だ


 マル・ウォルドロンという人は、本当に心からの悲しみを表現できる人だ。この作品の
AとBは、マル・ウォルドロンが1995年の8月6日に広島市でおこなったライブ。ご存知
のように、この日は戦後50年の原爆の日だった。また@とCは同じメンバーによって8月
21日に岐阜県のスタジオ「F」で録音されたものだ。
 Aのもとになったのは生後40日で被爆した伊藤笙さんが書いた詩「白い道」である。
「白い道」は現在広島市の原爆資料館で流れているが、マルは93年にここを訪れた際にこ
の詩を知り、音楽を作ることを決意した。英語に翻訳された歌詞で歌われている。またB
の題名はあまりにも有名なので、他言を要しないだろう。両方とも語るようなボーカルに、
ピアノとフルートが伴奏をつけていく、というタイプの演奏で、実際のところはリハーサル
をしたのかもしれないが、即興性がかなり高い演奏のように聞こえる。「モールス信号」と
も言われたマルのピアノは意外にも(?)大変滑らかで、よく響く深いサウンドを出しており、
多彩な音楽性の持ち主だったことがうかがえる。  井伏鱒二の「黒い雨」の文学碑には、
「正義の戦争よりも、不正義の平和の方がいい」と書いてあるそうだ。「正義の戦争」が
あった今年、この音楽を聴くことは、格別の意味があると思う。私たちの歴史に起こった
悲劇を題材に音楽を作ってくれたマルに、感謝したい。          (中山智広)

 

 

----- Magi(レコード新聞社)より---------------

 

名ピアニスト、マル・ウォルドロンの
マチュリティ(円熟)シリーズ第4弾。


 このアルバムは、ある意味われわれ日本人が避けて通ることが出来ない過去に起こった
歴史的事実を、アメリカ人であるマルが正面向いて取り組んだメッセージ性の高いものだ。
ライヴ収録されたパフォーマンスは95年8月6日、広島の善正寺本堂で行われた。50年前
のあの日と同じ猛暑の中でジーン・リーによりある詩が歌われ、天田透による能管を思わ
せるフルートの幽玄な演奏がスピリチュアルな世界を構築した。詩は生後40日で被爆した
伊藤笙氏の「白い道」。マル自身が広島平和記念資料館を訪れた際、その詩の英語版に接
してたいへんな衝撃をうけたというものである。どこか重々しいピアノがマルの深い悲し
みを表すようでもあり、聞き手には非常に説得力をもったものにさえ聞こえる。詩があり、
そこに曲がつき、そしてその歌にピアノやフルートがついて回っている。アルバム中最初
と最後はスタジオ録音で収録された「ねんねんころりよ」の子守歌と「時には母のない子
のように」が厳かに鳴り響く。マルの音楽が平和を願うとき、われわれが心に抱くこの8月
6日という日への複雑な気持ちは少し癒される。             (馬場雅之)

 


 


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