名ピアニスト、マル・ウォルドロンの
マチュリティ(円熟)シリーズ第4弾。
このアルバムは、ある意味われわれ日本人が避けて通ることが出来ない過去に起こった
歴史的事実を、アメリカ人であるマルが正面向いて取り組んだメッセージ性の高いものだ。
ライヴ収録されたパフォーマンスは95年8月6日、広島の善正寺本堂で行われた。50年前
のあの日と同じ猛暑の中でジーン・リーによりある詩が歌われ、天田透による能管を思わ
せるフルートの幽玄な演奏がスピリチュアルな世界を構築した。詩は生後40日で被爆した
伊藤笙氏の「白い道」。マル自身が広島平和記念資料館を訪れた際、その詩の英語版に接
してたいへんな衝撃をうけたというものである。どこか重々しいピアノがマルの深い悲し
みを表すようでもあり、聞き手には非常に説得力をもったものにさえ聞こえる。詩があり、
そこに曲がつき、そしてその歌にピアノやフルートがついて回っている。アルバム中最初
と最後はスタジオ録音で収録された「ねんねんころりよ」の子守歌と「時には母のない子
のように」が厳かに鳴り響く。マルの音楽が平和を願うとき、われわれが心に抱くこの8月
6日という日への複雑な気持ちは少し癒される。 (馬場雅之)
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