----- スイングジャーナル2004年1月号より -----
〜発売予告記事〜

 

進化したアカペラXUXU(しゅしゅ)が
声のインタープレイで「ピアニスト」を表現した

ジャズ・ファンから一気に注目されることとなった
前作『か・れ・は』からわずか4ヶ月。
世界に唯一無二の“ボイス・パフォーマンス”グループ
XUXUが、前代未聞の企画にチャレンジした。
4つの声のインタープレイで「ピアニスト」を表現する
という仰天アイディアに、XUXUの4人はどう応えたのか。
驚くべき成果をその新作で確かめてみよう。
                   文・馬場啓一

 

度肝を抜く凄いアカペラ・ジャズに脱帽
 昨年すなわち02年暮、同時期に別ジャンルの3枚を一挙にリリースという、どこの誰も
やらなかったカタチでデビューを飾って、03年秋の『か・れ・は』に続く矢継ぎ早の
XUXU(しゅしゅ)の新譜である。3361*BLACKの伊藤秀治プロデューサーがグループを
売り出すに当たり、満を持していたことがわかる。4人の、何も知らない女子大生に、ア
カペラでジャズを歌わせようという発想が、どこでどうやって生まれたのかは定かではな
い。だがここに、XUXUは大輪の花を咲かせた。アルバム『ピアニスツ』の誕生である。
 前作の本誌ディスク・レビューで筆者はその作品に注目し、王朝文化華やかなりし時代
の「源氏物語」のように、男が女を手塩に掛けて一人前にする苦労と喜びが、ここには感
じられると書いた。光源氏と紫の上に例えたのである。それは単なる例えではなく、XUXU
がひじょうに豊かに、女性ならではの感性を溢れさせているからだ。グループの最大の魅
力はここにある。要するに女っぽい。
 日本の土地にジャズのDNAは本来無縁である。そこに、このような華麗な花を咲かせる
苦労は察するに余りある。だがそれを伊藤プロデューサーはわずか7年で成し遂げたの
だ。7年もかかったと表現する向きもあるかもしれないが、ジャズのサウンドとイディオ
ムを女性の声だけで再構築し、それを日本人のジャズ・ボーカルとして聴かせようという
作業は、並大抵の努力ではなかったと察する。何しろ相手は多感な若き女性たちですから
ね。XUXUの成功は汗と涙と愛情なくして達成し得なかったろう。
 今回の『ピアニスツ』はその題名が示すように古今のジャズ・ピアノの達人による歴史
的プレイを素材にしたもの。その萌芽は前作の「ハッシャバイ」にあるという。これは
ひょっとしたらいけるかもしれないぞと、前作で手ごたえを感じたのだ。それが、このよ
うな女性ボーカルによる傑作ピアノ作品列伝に結実した。たいしたものだ。それにしても
凄いことを考える人がいるものだ。
 最初の「酒とバラの日々」で、聴き手はまず動きを止める。なんだこれは、と。ヘン
リー・マンシーニ作品だとかタイトルを言う前に、これってオスカー・ピーターソンだよ
な。一丁前のジャズ・ファンならニヤリとするはずである。そうかそういう仕掛けなのか
と。そうさ、そうだよ。今度は制作側がニヤリとする番だ。その意味ではオープナーにこ
の1曲、このバージョンというのは大正解。一発でアルバムのコンセプトがわかるから
だ。原典は『プリーズ・リクエスト』。このアルバムを聴いたことのないジャズ・ファン
は、まずいないだろう。ピーターソンのヴァーヴ・レーベルでの最後の作品で、彼の最高
傑作ではないかもしれないが、おそらく最も売れた1枚のはず。エド・シグペン、レイ・
ブラウンの陣容によるザ・トリオの演奏である。
 で、次は耳タコもののエリントン。それも2曲。スタンダードと言うのも恥ずかしい
「A列車でいこう」と「サテン・ドール」のカップリング。まあ、やるものですね。それ
とこれは数あるエリントンのテイクでも、クリスマス・コンサートのときのトラックだと
気づく。エリントンならではの、ゆったりしたピアノ・タッチを声で聴ける。
 前作のレビューで筆者が引き合いに出したのは、その前衛性と女性ボーカル・グループ
ということで、30年ほど前に活躍したサウンド・オブ・フィーリングだった。今回の
XUXUのボーカリーズから連想されるのは別の連中で、その名もクワイア。やはり30年く
らい前のグループだ。作曲家ミシェル・ルグランの妹のクリスチーヌ・ルグランが参加し
ていた。実は彼らも、ジャズの名演奏をそのままボーカリーズしていたのである。例えば
「ワルツ・フォー・デビー」や「ミスティ」。それもリバーサイドの『ワルツ・フォー・
デビー』とか『コンサート・バイ・ザ・シー』の「ミスティ」とか各演奏を特定してい
た。今回の重要参考作品と言ってよい。
 だがそうだからといって、オリジナリティにケチがつくわけではない。なぜならXUXUの
『ピアニスツ』は、yuki、yumi,asuka,そしてnorikoの女性4人によるオリジナル・イン
プロビゼーションでの名演奏の再現だから。リーダーのyukiとメンバーのyumi両者による
編曲も自前で、4人の歌唱も独創的だ。さらにこれが実に超絶技巧で、実際凄い仕上が
り。ちなみにnorikoだけが普通の大学で他の3人は国立音楽大学教育学部リトミック科の
卒業だ。くにたち、と読んで下さい。3曲目にはマル・ウォルドロンの「ユー・ドント・
ノー・ホワット・ラブ・イズ」が歌われる。ブルージーなムードそのままに『レフト・ア
ローン』の世界が出現する。彼女たち4人のアカペラの向こうにビリー・ホリデイの姿が
ぼんやりと見えるようだ。それと同時に、モダン・ジャズのファンの好きなナンバーやフ
レージングにひじょうに敏感に対応している制作側の好ましい態度も、ここには透けて見
える。邦人制作アルバムの真髄とは畢竟これである。すなわち聴く方もこさえる方も、実
は同じジャズを聴いて育ってきたかという事実。だからお互い、どこをどうして欲しいか
先刻承知なのだ。

4人のハーモニーは実に見事で精緻
 次はジョージ・シアリング。粋なタッチのシアリングのピアノが聴ける。いわゆるシア
リング・サウンドと呼ばれるハーモニーではなく、あっさりとした、しかし確実な歌を奏
でるシアリングのピアノ・タッチの再現だ。そしてカウント・ベイシーが2曲。アルバム
は『フォー・ザ・ファースト・タイム』。御大ベイシーがピアノを弾いている「ブルー
ス・イン・ジ・アレイ」と、ピアノをオルガンに代えた「ソング・オブ・ジ・アイラン
ド」。これには唸った。一方では一転してアーシーなオルガンのプレイをインプロバイズ
しているからだ。これはリスナーへの挑戦である。聴き比べてみてよと胸を張っているの
だ。やってくれます。両者の違いをXUXUはボーカリーズで的確に表現し、存分に比較させ
る。女声で表現するハモンド・オルガンなんて滅多に聴けるものではない。その上でとて
も女っぽいのだ。
 ご承知のように女声コーラスはソプラノ、メゾソプラノ、そしてアルトの3部に分かれ
る。ピアノのメロディ・ラインは多くの場合硬質なソプラノが受け持つが、ここではオル
ガンの重厚なサウンドをアルトが担当して秀逸、ひじょうに聴き応えのある内容である。
これをアカペラつまり無伴奏で行うのだから大変だ。問題になるのは音程だが、ピッチの
取りやすい楽器の助けを借りず、声だけで補正しながら歌わねばならない。筆者は早稲田
のグリークラブに在籍していたことがあるからこの難しさはよくわかる。XUXUは実にしっ
かりとこれをクリアしているのだ。
 次の「イン・ア・センチメンタル・ムード」では99年に物故した欧州のミシェル・ペト
ルチアーニのバージョンが聴ける。エリントン・メロディは引っ張るようなフレーズが特
徴。それをさらに強調したペトルチアーニのプレイを巧みに引き写し、4人はボーカリー
ズしている。
 さらにはユニークなセロニアス・モンクによる「煙が目にしみる」。元になったのは
『ソロ・オン・ボーグ』だろう。ジェローム・カーンの名曲をアブストラクトに料理した
モンクのプレイが4人によって忠実に、かつスリリングに再現されている。モンクが聴い
てもきっと文句なかっただろうと、下手なシャレを言いたくなる。
 そしてアート・テイタム。ソロで勝手気ままに、自在に弾くテイタムのタッチが、彼の
遺したソロ・アルバムを手本にここでも見事に再現され、ビンセント・ユーマンス稀代の
名曲「二人でお茶を」を聴かせてくれる。
 ラストはビル・エバンスである。アルバム『ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリン
グ』にある「Bマイナー・ワルツ」を、幽玄とも言うべきタッチでボーカリーズしてお
り、その巧みさに舌を巻く。エバンスの真髄はオリジナルのサウンド・テクスチャーに
あったことを、ここであらためて思い知る。その上で、優美なメロディがデリケートに
紡がれるという格好だ。4人の積み上げるハーモニーは実に見事で精緻な仕上がり。つくづ
く素晴らしい。これでもうあなたはすっかりXUXUの虜になっているはずだ。

 



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